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救急受け入れ「ベッドがない」(4)〜特集・救急医療現場の悲鳴

  1. 2008/04/17(木) 21:58:11|
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2004年10月23日、新潟県中越地方を襲った震度7の直下型地震。震源地に近かった同県小千谷市は、死者19人、重軽傷者785人、建物被害1万件超などの被害を受け、同年は1、568件の救急搬送があった。しかし、搬送件数自体は翌年もほとんど変わらず、例年に比べ多かったという。地域住民に起こった変化と、彼らをそばで見詰め続けた保健師たちの活動、被災経験が教える地域の在り方とは―。(熊田梨恵)

■「ずっと見続けることが大事」

 新潟県中越地震は、死者67人、重軽傷者4、795人などの甚大な被害をもたらした。この年、人口約4万人の小千谷市の救急搬送件数は、震災の前年から約200件増の1、568件。小千谷地域消防本部の救急救命士、和田孝史さんは「震災の翌年は搬送が少なくなるかと思ったが、あまり変わらなかった」と話す。搬送件数は1、573件と、震災があった年とほとんど変わらず、5件の増。06年には約100件減り、以降は震災前とほぼ変わらない件数で推移している。

 小千谷市健康センターで保健師として活動する阿部芳子さんは、「震災が起きたことで、市民は住まいや仕事、生活が変わり、いつ余震が来るかもしれないとおびえた。半年ほどして、体に何らかの症状を訴える人が出てきた。不眠のため睡眠薬や精神安定剤の服用が増え、ぼーっとして交通事故に遭った人も多かったと聞く」と話す。震災直後は生活環境が変わったことで、不眠を訴えたり血圧が上がったりする人が多かったが、長期間の疲労やストレスで体調を崩す人がその後も多くいた。「高齢者は新しい環境に適応しにくく、地震後、認知症や廃用症候群の人が増え、介護認定も増加した」と阿部さん。住居の変化が影響した可能性もあると話した。

 阿部さんは23年間保健師として、子どもから高齢者まで、小千谷市民の健康診査や相談、訪問活動などに携わってきた。同市内12地区を9人の保健師で担当している。「各自が担当地区に日ごろから深くかかわってきたので、住民のどんな小さな変化も見逃さない」という。

 地震発生時、国内各地の医療チームや自治体から保健師の応援が来た。「どこにどんな世帯があるとか、一人暮らしの高齢者がどこに住んでいるかを地元の保健師たちが把握していたから、応援の保健師たちに市内全域に行ってもらい、何をしてもらうかの指示を的確に出せた」と阿部さん。震災発生後の混乱のさなかでも、地区担当制を敷いていたことにより、保健師たちの日ごろの取り組みが生かされたと話す。

 同市内の二次救急医療機関の小千谷総合病院(287床)も、震災時には8階建て建物の屋上の貯水槽や配管が破損して院内に大量の水が流れ込み、壁や天井が崩落して検査棟が全壊、機能不全に陥る壊滅的な打撃を被った。震災後はその経験から、院内の防災組織体制を見直してマニュアルを充実させた。同院は透析ベッドを有しているため、通院する透析患者らの連絡網をつくり、災害時には患者を安全に搬送できるような市町村への救援要請体制の確立にも取り組んでいる。特に、被災地からの通院は1週間が限界として、復旧のめどが立たない場合は長期の受け入れ施設を探すことも必要とした。同院の家里裕院長は「各医療機関も災害に備えて独自のマニュアルづくりに取り組んでほしい」と話している。

 小千谷地域消防本部では震災後の取り組みとして、災害現場の情報を迅速に集める体制を整備した。「災害が起こると、孤立集落などもあるため、情報が全く集まらなくなる。地域がどうなっているかの情報がなければ、医療機関への搬送もできない」と和田さん。災害時に消防団からバイクを走らせ、8地区の分団長などから情報を収集して市の災害対策本部に情報を集める仕組みを整え、情報伝達訓練を実施している。特に一人暮らしの高齢者などは、災害発生時にどうなっているかが分からないため、迅速に情報を収集して一か所に集中させ、効率的に救命活動につなげる体制が重要と、和田さんは指摘している。

 1995年1月に発生した阪神・淡路大震災。今の神戸市は、復興住宅で暮らす人の高齢化が進み、孤独死などの問題を抱えている。約1万5、000戸の復興住宅のうち、1万2、000戸に高齢者が暮らす。高齢者を孤立させないために、普段から「顔の見える」関係づくりを進め、民生委員などが「見守り推進員」として各世帯を訪問し、安否を確認している。市の担当者は「高齢者は家に閉じこもりがちになるし、公的に仕掛けていく仕組みが必要。元気であっても、独りであることに不安を感じる人が多い」と話す。訪問を嫌がる人には、メーターによるガス使用量の確認や熱センサーの設置などで生活動作を把握することにより、安否を確認する仕組みも取り入れている。

 「ずっと見続けることが大事。その人の変化は、日ごろから見ているから気付ける」と、阿部さんは話す。震災があった時にも、地域住民の普段の姿を知っていたからこそ、目的を明確にして動いたり指示したりすることができた。うつや認知症の始まりなど、震災後のわずかな体調の変化に気付けたのもそのためだ。市では震災後に対応のマニュアルなどもあらためて整備しているが、「迅速に連携して対処するためにマニュアルは必要だが、日々のかかわりがあれば、その人にどう対応すればいいかが分かる」。何かあったとき、住民を支えるのは普段からの地域による支え―。阿部さんは、復興のための業務で忙しく、以前のような日常的なかかわりができないとしながらも、「元気な心に戻ってもらうよう支えていきたい」と笑顔で語った。(完)

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